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社会保険労務士 國本 豊
〒742-0034 山口県柳井市余田1310
TEL 0820-24-6886 FAX 0820-24-6887
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| 自己紹介 |
私は昭和47年1月11日に、山口県柳井市で生まれました(ちなみに、この年は後に母校となる柳井高校が甲子園で準優勝した年でもあります)。
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自宅近くの保育園、小・中学校を経て、その後、家から自転車で15分の高校に通い、高校時代はバンド活動(ドラム担当)、部活(クラッシクギター)に汗を流しました。そして、山口県山口市の山口大学に進学しました(湯田温泉が近くにあります)。初めての一人暮らしに羽目を外すことも時々ありましたが、大学時代の4年間が、今の私の土台になっています。
←大学時代:
サッカー大会監督 |
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| 大学卒業後は大手旅行会社に就職、岡山支店に配属されました。憧れの旅行会社に入り、多忙な毎日の中、良いお客様、同僚にも恵まれました。しかし一方で、深夜業が当たり前の日々、ギスギスした職場、守るべきルールがないがしろにされる職場に満たされない何かを感じ、「俺はこれでいいのか・・・」と今後の人生を模索していました。海外への逃避を考えたことがありました。そんな時に社会保険労務士の存在を知ったのです。 |
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職場のコミュニケーションの良さ及びきちんとしたルールの作成が職場の活性化の元になることを痛感していた私は、
「自分が本当にやりたいことはこれだ!社労士なら職場の活性化に貢献できる。この道に人生をかけてみよう!」
と心に決めたのでした。それからは、仕事が終わった夜に眠い目をこすり、毎週日曜日の講習に通い、仕事と試験勉強の両立を図ってきました。しかしその方法に限界を感じ、仕事を辞めて試験勉強に専念を決めたのが平成13年7月でした。
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ここで合格していれば物語はカッコいいのですが、現実は甘くありません。会社を辞めて挑戦した試験はわずか1点差で不合格。2回目の試験も1点差で泣き、翌年の3回目の試験でついに合格を果たしました。またその間に働いた職場でパワハラの経験もしました。そして紆余曲折の中、平成17年4月、33歳の年に山口県柳井市にて事務所の看板を上げました。順風満帆とは言えませんが、生まれてからこれまですべての出会いと経験が今の私を育ててくれたと今では感謝しています。
私の座右の銘に「生きることは諦めないことだ!」というのがあります。「頑張れば、目標・夢は叶う」というようなカッコいいことを言える私ではありません。いくら頑張ってもダメなときはあります。しかし、自分で限界を作って諦めたら全てが終わるのです。これを胸に日々業に励んでいます。
こんな私ですが、生まれ育った山口県で社労士業を生涯全うしていきます。「職場のコミュニケーションの良さときちんとしたルールの作成が職場の活性化の元になる」という信念を元に、地元の会社、組織の活性化に少しでも力になれるよう1日1日精進していきますので、よろしくお願いいたします。
*物語の続きは→社労士とは何だ!(ブログ) |
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保有資格 |
・社会保険労務士 ・年金アドバイザー2級(銀行業務検定協会) ・日商簿記2級
・一般旅行業務取扱主任者 ・初級システムアドミニストレータ ・珠算検定2級 |
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履 歴 |
昭和47年 1月 |
山口県柳井市に生まれる |
平成 2年 3月 |
山口県立柳井高等学校卒業 |
平成 2年 4月 |
山口大学経済学部入学 |
平成 6年 3月 |
山口大学経済学部卒業 |
平成 6年 4月 |
某大手旅行会社入社 |
平成13年 7月 |
社会保険労務士を目指し、退社 |
平成14年 4月 |
開業に向けてコンピューターの専門学校に通う |
平成15年11月 |
社会保険労務士試験に合格 |
平成17年 4月 |
國本豊社会保険労務士事務所開業 |
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実 績 |
・山口商工会議所エキスパート登録
・柳井地域中小企業支援センター相談員
・一般事業主行動計画 計画策定支援アドバイザー
・柳井工業高校(当時)の授業にて「仕事と夢」について語る(平成18年6月)
・KRYラジオ「おはようKRY」に電話生出演。年金や育児休業について語る(平成20年3月)
・山口県社労士会下松支部一員として、無料年金相談会参加
・ラジオFM山口「ザ・ムーブマン」に出演。(平成21年11月) |
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| 趣 味 |
・読書 ・早寝早起き ・野球観戦 ・トイレ掃除 |
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*その他 |
会社員時代に、ホノルルマラソン体験レポーターとして、小学館のビックコミックスペリオールにマラソン体験レポート掲載。私の大事な宝物です。
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